ドンロー主義は、テレビの解説者が、ドナルドトランプの頭文字とモンロー主義を組み合わせた造語の様な説明をしていましたが、GPTによると「Don’t get involved=深入りしない」型の外交姿勢を示すようです。こちらは米国が建国以来、脈々と引き継がれてきた、根底に流れる思想の様です。以下のGPTによると、第二次世界大戦終結までは、米国はこの考え方が主流であり、「西半球は米国の安全圏」という地政学思想で国家を運営しています。
米国が国連を主体とする安全保障体制、世界経済秩序構築は第二次世界大戦後の事であり、それまではモンロー主義、孤立主義が主流でした。そのため、ここにきてドンロー主義に回帰するのは、米国の根底に流れる思想が復活したとも考えられます。歴史は繰り返すの格言ではありませんが、米国の世界における立ち位置が変化し、世界の警察と言うお金のかかる立場から、その維持、継続が困難となり、いいかっこばかりはできない状況となり、まさに米国ファーストの思想、国家運営に舵をきりつつあると言えます。
その象徴がトランプ大統領だと言えます。そのため、たとえトランプ大統領が任期を終えて大統領を退いたとしても、この流れはその後の政権にも引き継がれていく可能性が高いと思います。そのため、今の世界情勢は今後も大きく変化する可能性は低いと言えます。
第二次世界大戦前の状況と歴史は、モンロー主義の米国が欧州とのパワーバランスにおいて、お互いの勢力エリアへの不干渉、不可侵を提唱し、それぞれの縄張りエリアで帝国主義を発展させています。その似た様な状況が現在、欧州に代わって中国と繰り広げられている印象です。今の世界情勢をみるとこの状況は、今後大きく変化する可能性は低く、米ソ冷戦の様な一つの時代を織りなして行く可能性が高いです。
そのため、現代におけるドンロー主義の行きつく先は、緩やかな帝国主義、シン帝国主義へと移行していくと予想されます。さすがに第二次世界大戦前の様な武力によるむき出しの帝国主義は、この世界経済、秩序が発達した社会では、考えにくく、むしろ、経済戦争、サイバー攻撃等を主流とする戦いに移行していく事が考えられます。
この世界情勢において、日本のとるべき立場ですが、カナダの首相が提唱するように、米中ロの大国以外の連携、中堅国家の連帯を高め、第三勢力として世界平和に貢献していく事が一番だと思います。そのため、せっかく設立した、国連を最大限利用し、大国も引き入れ、交渉の場として活用すべきです。
実際、ヨーロッパでは2度の世界大戦の苦い経験をもとに、NATOを組織化し、EUを設立することにより、大国ロシアに安全保障、米国には経済的に対等の立場で、交渉を繰り広げています。中堅国が集団で集まれば、おいそれとは大国も手出しができない事を物語っています。
考えてみれば、第二次世界大戦前は、米国および欧州の帝国主義に、中堅国である日独伊がファシズムで対抗しようとして戦争になり敗れました。この教訓を生かし、現代は権威主義の大国に、民主主義で連携、対抗し平和的に国連を舞台として、世界平和を実現していくべきです。
また、ヨーロッパの様に、NATO、EUの様な関係を、アジア各国と構築していく事が、アジアにおける安全保障の安定につながり、日本はそのリーダシップをとるべき立場にあると思います。また、経済的にはせっかく構築した、TPPをより発展し、大国に対抗、交渉していくべきと思います。
ドンロー主義(いわゆる「Don’t get involved=深入りしない」型の外交姿勢)は、国際紛争や同盟の義務への積極関与を控え、自国の安全と繁栄を最優先する立場を指します。
歴史的には、ジョージ・ワシントンの「同盟への恒久的関与を避けよ」という警告や、19世紀のジェームズ・モンローの孤立主義的傾向に源流があります。
近年では、ドナルド・トランプが掲げた「America First」に近い思想と重なる部分があります。
① 国際情勢への影響
1. パワーバランスの変化
米国のような超大国が「深入りしない」姿勢を取ると、
- 地域紛争への抑止力が弱まる
- 地域大国が勢力拡大を試みる
例:
- 中東 → イランの影響力拡大
- 東欧 → ロシアの軍事行動
- 東アジア → 中国の海洋進出
つまり、秩序の空白が生まれやすくなる。
2. 同盟の信頼低下
NATOや日米同盟のような枠組みは、
「有事に助ける」という信頼で成り立っています。
ドンロー主義が強まると:
- 同盟国は「本当に助けてくれるのか?」と疑う
- 自主防衛・核武装論が浮上
- 軍拡競争が起きやすい
長期的には、
「協調型の国際秩序」→「勢力圏型の分断世界」へ移行する可能性。
3. 国際機関の弱体化
国連、WTO、WHOなどへの関与が弱まると:
- 国際ルールの統一が困難
- ブロック経済化
- サプライチェーンの分断
結果として、世界は「多極化+不安定化」へ。
② 日本への影響
日本は安全保障の多くを日米同盟に依存しています。
1. 安全保障リスクの増大
もし米国が「極東問題に深入りしない」となれば:
- 中国の軍事的圧力増大
- 台湾有事リスク上昇
- 北朝鮮への抑止力低下
日本は:
- 防衛費増額
- 長射程ミサイル保有
- 反撃能力整備
などの「自助努力」を強化せざるを得ない。
長期的には:
✔ 防衛費の恒常的増加
✔ 増税 or 社会保障削減
✔ 財政圧迫
2. 経済的影響
日本は貿易立国。
ドンロー主義が進むと:
- 保護主義の拡大
- 関税強化
- 経済ブロック化
例:
- 米国市場アクセスの不安定化
- 半導体・EV補助金での排他政策
これにより:
✔ 日本企業の海外投資再編
✔ サプライチェーンの国内回帰(コスト増)
✔ 円安・円高の乱高下
3. 地政学的ジレンマ
日本は:
- 経済 → 中国依存
- 安全保障 → 米国依存
ドンロー主義が強まると、日本はより難しい立場に。
長期的には:
- 「戦略的自立国家」へ転換
- ASEAN・インド・豪州との連携強化
- 防衛産業育成
③ 世界経済への長期的影響
1. グローバル化の後退
1990年代以降の自由貿易体制が揺らぐ。
結果:
- 世界GDP成長率の低下
- 物流コスト増
- インフレ圧力
IMF試算では、分断が進むと世界GDPが数%下押しされる可能性。
2. 軍事費の増大
各国が「自分で守る」方向へ。
軍事費増大は:
- 短期的には防衛産業にプラス
- 長期的には生産性を押し下げる
日本でも:
- 防衛費GDP比2%化
- 社会保障との財源競合
3. 投資市場への影響
- 地政学リスクプレミアム上昇
- エネルギー価格変動
- 安全資産(ドル・金)への資金集中
④ 長期シナリオ分析(10~30年)
シナリオA:限定的ドンロー
米国は関与を絞るが、完全撤退はしない。
→ 多極化だが秩序は維持。
シナリオB:本格的孤立
米国が同盟義務を弱める。
→ 地域紛争増加、軍拡、世界成長鈍化。
シナリオC:選択的関与
対中戦略のみ集中。
→ 東アジアは緊張、中東や欧州は自己責任化。
⑤ 日本にとっての戦略的選択
- 防衛力の現実的強化
- エネルギー自給率向上
- 食料安全保障強化
- 技術覇権(半導体・AI)
- 財政健全化
つまり、日本は「依存型国家」から
分散型リスク管理国家へ移行する必要がある。
まとめ
ドンロー主義は一見「国内優先」の合理政策に見えますが、
✔ 国際秩序の不安定化
✔ 同盟の信頼低下
✔ 経済ブロック化
✔ 日本の防衛負担増
という副作用を伴います。
長期的には「低成長・高リスク世界」へ向かう可能性が高い。
モンロー主義とは
モンロー主義は、1823年にアメリカが打ち出した対外政策原則で、
「ヨーロッパは西半球に干渉するな。代わりに米国も欧州問題に深入りしない」という考え方です。
提唱したのは第5代米大統領
ジェームズ・モンロー。
実際の構想を主導したのは国務長官の
ジョン・クインシー・アダムズでした。
① 歴史的背景(なぜ生まれたのか)
1. ラテンアメリカ独立の波
19世紀初頭、
スペインやポルトガルの植民地だった中南米諸国が独立。
しかし当時の欧州列強(特にスペインやフランス)は
「再植民地化」を検討していました。
若いアメリカは、
- 欧州の軍事介入を防ぎたい
- 西半球を自国の勢力圏にしたい
という思惑がありました。
2. イギリスの後押し
当時、世界最強の海軍を持つ
イギリスは
中南米との自由貿易を望んでおり、
スペインの復帰を阻止したかった。
実は、モンロー宣言の実効性を支えたのは
イギリス海軍でした。
② モンロー宣言の中身(1823年)
核心は3点:
- 非植民地化原則
これ以上、西半球に新たな植民地を作るな。 - 不干渉原則
欧州は新興独立国家に干渉するな。 - 相互不干渉
米国も欧州問題に介入しない。
当初は防御的な理念でした。
③ 19世紀後半:拡張解釈
次第にこの原則は変質します。
1. アメリカの力の拡大
南北戦争後、米国は工業大国へ成長。
1898年の
米西戦争
でスペインに勝利し、
- キューバ
- プエルトリコ
- フィリピン
を獲得。
ここで「反植民地主義」から
事実上の勢力圏支配へ変わります。
2. ルーズベルト・コロラリー(1904)
セオドア・ルーズベルトは、
「欧州が介入しないために、
米国がラテンアメリカに介入する」
という補足原則を発表。
これは
✔ 軍事介入の正当化
✔ 中南米への繰り返し介入
を生みました。
結果:
モンロー主義=
「米国による西半球支配の根拠」
へ変質。
④ 世界に与えた影響
1. 欧州勢力の西半球撤退
長期的に、
- スペイン
- フランス
の影響力は縮小。
西半球は事実上、米国の影響圏へ。
2. 米国覇権の土台
モンロー主義は、
- 地理的安全保障の確保
- 国内発展への集中
を可能にしました。
その結果、20世紀に米国は世界最大の経済大国へ。
3. 中南米の反米感情
米国の介入政策は、
- ニカラグア
- ドミニカ共和国
- ハイチ
などで軍事占領を招きました。
これが長期的な反米ナショナリズムを形成。
⑤ 第一次世界大戦での転換
当初は「欧州に関与しない」原則でしたが、
1917年、
ウッドロウ・ウィルソンが
第一次世界大戦に参戦。
ここで孤立主義は揺らぎます。
⑥ 第二次世界大戦後:完全転換
1945年以降、米国は
- NATO創設
- 国連主導
- 世界経済秩序構築
を行い、
モンロー的孤立主義は終焉。
冷戦期には、
「西半球防衛」は
共産主義封じ込め政策へ変化。
⑦ 冷戦後の影響
冷戦終結後も、
✔ 米州は米国の影響圏
✔ キューバ制裁継続
✔ ベネズエラ政策
などに思想的影響が残っています。
⑧ 現在への影響
近年、
ドナルド・トランプが
「アメリカ第一」を掲げたことで、
- 同盟への負担要求
- 国際機関への懐疑
- 不介入志向
が強まり、
「新モンロー主義」とも呼ばれました。
⑨ 長期的評価
プラス面
✔ 西半球の安定
✔ 米国の経済成長基盤
✔ 欧州植民地主義の抑制
マイナス面
✔ ラテンアメリカへの介入
✔ 反米感情の蓄積
✔ 国際秩序の二重基準
⑩ 総括
モンロー主義は、
- 1823年:防御的宣言
- 1900年前後:覇権の理論
- 冷戦期:反共政策へ転化
- 現代:選択的孤立主義の象徴
という変遷をたどりました。
本質は一貫して:
「西半球は米国の安全圏」
という地政学思想です。
米西戦争
米西戦争(べいせいせんそう、英: Spanish–American War)は、1898年にアメリカ合衆国とスペイン王国の間で行われた短期戦争である。戦場はカリブ海のキューバ・プエルトリコ、太平洋のフィリピン・グアムに及び、同年12月のパリ条約で終結した。この戦争はアメリカが海外領土を獲得し、帝国的国家へと転換する転機となった。
主な事実
- 期間:1898年4月21日~8月13日
- 交戦国:アメリカ合衆国 vs スペイン王国
- 主要戦域:キューバ、プエルトリコ、フィリピン、グアム
- 結果:アメリカの勝利、パリ条約締結
- 領土変化:スペインがプエルトリコ・グアム・フィリピンを割譲、キューバ独立
背景と開戦
19世紀末、キューバではスペイン支配への独立戦争が再燃し、アメリカ国内では「人道的介入」を掲げた世論が高まった。1898年2月、ハバナ港で米戦艦メイン号が爆沈し、「Remember the Maine!」の合言葉のもと開戦機運が急上昇した。メディアの誇張報道(いわゆるイエロー・ジャーナリズム)が世論形成に大きく影響した。
戦争の経過
アジアでは5月1日のマニラ湾海戦でジョージ・デューイがスペイン艦隊を壊滅させ、フィリピン独立勢力の支援を受けてマニラを制圧した。カリブ海では7月、サンチャゴ湾での海戦とサンフアン高地の戦いで米軍が勝利し、セオドア・ルーズベルトが英雄視された。
講和と影響
1898年12月のパリ条約でスペインはキューバの主権放棄とプエルトリコ・グアム・フィリピンの割譲(フィリピンは2,000万ドルの代償金)を承認した。アメリカはカリブ海と太平洋に拠点を得て国際的地位を高め、翌年には米比戦争が勃発した。スペインは「98年の災厄」と呼ばれる敗北を契機に国内改革へ転じた。
歴史的意義
米西戦争は19世紀の植民地帝国時代を終わらせ、アメリカを海軍力を基盤とする世界大国へ押し上げた。一方で、戦後のフィリピン支配やキューバへの介入をめぐり、反帝国主義運動がアメリカ国内で興隆した。
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