高山 右近 大河への道3 能登 七尾市にある、ゆかりの寺

今回は七尾市にある、ゆかりの寺について語りたいと思います。七尾駅より歩いて30分弱位の所にあります。金沢駅より七尾駅までは普通電車で1時間半位で、1時間に一本位は電車があります。七尾駅の駅前は思ったより、さびれておらず、ドン・キホーテが出店していたり、割合近代的なホテルがあったり、図書館もあります。また、食べるところも海鮮を中心にそれなりにそろっていました。昼、食事を目当てに、訪ねてみるのもよいと思います。

寺のゆわれは、下記GPTのあり様です。そう辺鄙なところではなく、またさびれた印象もありませんでした。想像として江戸時代、キリスト教に対する幕府の目もあるので、もっと人里離れ、さびれ隠れたところに寺があるようなイメージを持っていましたが、立派なたたずまいのお寺さんでした。前田藩の江戸時代、幕府における、独立性、影響力を垣間見た感があります。江戸時代、キリスト教の信仰がこの寺で脈々と受け継がれていた事には驚愕します。高山右近が茶道と非暴力で、この地を創造したことは、すばらしい奇跡に思えます。

残念ながらご住職にあってお話は伺えませんでしたが、写真等が入り口の門に多く掲示されており、とても興味深く読まさせて頂きました。電話して予約すれば境内を案内していただけるみたいです。関連するリンクを下記に貼っておきます。また、ブログの末に、訪問時の関連する写真を掲載しておきます。

https://www.bing.com/ck/a?!&&p=6477c5fa732a7d4dc9f97a9092a9b0e1a1384beb0f1c5f26ba3c6183c6e3a5fdJmltdHM9MTc4MjY5MTIwMA&ptn=3&ver=2&hsh=4&fclid=126d94a9-bdc8-663a-2072-81f4bcea67f2&psq=%e6%9c%ac%e8%a1%8c%e5%af%ba+%e8%83%bd%e7%99%bb&u=a1aHR0cHM6Ly93d3cubm90by1yZW5haXNzYW5jZS5uZXQvaG9ubmd5b3VqaS8

GPT検索

能登・七尾市にある 本行寺 は、単なる古寺ではありません。歴史好きの方、とくに高山右近ファンにとっては「加賀・能登におけるキリシタン文化の痕跡が残る特別な場所」です。地元では「隠れキリシタンの寺」と呼ばれることもあります。

まず結論から言うと――
高山右近本人が七尾で大規模に活動したというより、加賀前田家の保護下にあった右近が、禁教時代に信仰や西洋文化を守る拠点の一つとして本行寺と深く結びついた、という理解が最も自然です。

① そもそも高山右近とは誰か

高山右近 は戦国時代を代表するキリシタン大名です。

若くしてキリスト教へ改宗し、領地経営・築城・茶道にも才能を発揮しました。しかし1587年、豊臣秀吉 のバテレン追放令によって厳しい立場に置かれ、信仰を捨てるか地位を捨てるかを迫られます。

右近は棄教せず、大名の地位を失いました。
その後、右近を受け入れたのが 前田利家 でした。右近は加賀へ迎えられ、長く前田家の客将として過ごします。


② なぜ七尾の本行寺と結びついたのか

ここが面白い点です。

本行寺はもともと15世紀後半、茶人・円山梅雪によって開かれた法華宗寺院でした。寺そのものに文化性・知識人ネットワークがあり、茶道とのつながりも強かったと伝わります。

右近自身も、

  • 武将
  • キリシタン
  • 茶人(利休七哲の一人)
    という顔を持っていました。

加賀では禁教の空気が強まるなか、右近は表立った宣教ではなく、信仰・学問・西洋知識を静かに継承する場を必要としていたと考えられています。本行寺はその受け皿になったと伝承されています。


③ 本行寺に今も残る「右近の痕跡」

境内を見ると、普通のお寺とは少し違う空気があります。

高山右近修道所跡(右近公園)

境内横には、右近が修道所を設けたと伝わる場所があります。

ここは信仰だけでなく、西洋建築・医学・文化交流の場でもあったと伝承されています。井戸や「右近嘆きの階段」と呼ばれる場所も残っています。

高山右近像

本堂横には右近像があります。

2016年、右近がカトリック教会から「福者」に認定されたこともあり、全国から訪問者が増えました。

ゼウスの塔(隠れキリシタン信仰)

最も独特なのが「ゼウスの塔」。

見た目は仏教石塔ですが、十字を暗示する意匠が隠されていると伝えられ、禁教下の信仰対象になったとされています。

十字架を隠した秘仏

一見すると仏像ですが、内部に十字架意匠を隠した寺宝も伝わっています。

これは「仏教に見せながら信仰を守る」という潜伏キリシタン文化を象徴しています。


④ 本行寺が歴史的に面白い理由

本行寺の価値は「高山右近が住んだ場所」という一点ではありません。

むしろ、

仏教寺院 × 茶文化 × キリスト教 × 加賀藩文化

が一つに重なっていることです。

普通、江戸初期の禁教政策ではキリシタン文化は表から消えました。しかし七尾の本行寺には、信仰が完全には消えず、形を変えながら残った痕跡が見えます。

もし高山右近を追って石川県を巡るなら、
七尾・本行寺 → 金沢の右近関連史跡 → 金沢城周辺
という順で歩くと、右近と前田家の関係がかなり立体的に見えてきます。

カテゴリー:

返信がありません

コメントを残す